取引はルカの情報漏えいを恐れ、一刻も早くしたかったのだが・・・肝心な御旗君は学校を休み、連行できない状況だった。もしかしたら、こちらが張っているのに気づいているのかもしれないとも考えたが、ずっと家に籠城しているわけにもいかないはずと粘っていた3日目の早朝、虚ろな表情をしながら外出する御旗君が目撃された。警戒どころか、疲れ切った様子だったらしく、捕まえるのに苦労はしなかったらしい。
その話を聞いた私は、神永さんに連絡した。御旗君を捕まえられたら、神永さんを呼び出す寸断になっていたのだ。彼女から話を聞けば、御旗君がAIだという証拠が見つかるかもしれないし、いざという時の脅しにも使えるからだそうだ。・・・・・。自分のされたことを思い出し、何ともハルキ君らしい方法だと思った。
ハルキ君の部屋へ案内すると、神永さんは困惑したように「えっ!?ええっ!?」と声を上げた。それもそのはず・・・ホロ(虚像)での活動が多くファンでさえも生で会うことは難しいとされる藤堂ハルキが目の前にいるのだから。
メル「藤堂ハルキ・・・さんですよね!?」
ハルキ「今日のことは内密にね。」
メル「!!・・・は、はい!!」
神永さんは勢いよく何度も頷いた。たぶんだけど・・・正直そうな人だ。ハルキ君と神永さんがソファに腰掛けると、本題に入った。
メル「それで、シュウはどこに・・・。」
ハルキ「彼なら隣で寝てるよ。起こす前に、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
メル「!!?・・・。」
神永さんの身体が一瞬、強張るのを感じた。彼女は、御旗君の正体や盗聴のことも知ってるのかも・・・。
ハルキ「ショッピングモールでこの二人を・・・。」
メル「何もお話しできません!!」
キリカ「!!?・・・。」
神永さんは、私たちが何かを知っていると思ったのか、見るからに青ざめていた。
メル「シュウを返してください!!あなたたちのことは、誰にも話しませんから!!」
ハルキ「!!?・・・落ち着いて!通報するわけじゃ・・・!!」
メル「通報!!?やめて・・・シュウを返して・・・!!」
キリカ「!!?・・・。」
ハルキ君が手を引っ張って止めたが、神永さんは混乱する一方だった。私は見ていられず、神永さんの前に座り込んで土下座した。
メル「!!?・・・。」
キリカ「盗聴して聞いたこと、誰にも話さないでもらえませんか!?」
ハルキ「キリカ!」
ユーリ「キリカさん!」
ユーリ君は私を立たせようと肩を掴んだ。
ユーリ「何もそこまでしなくても・・・!!相手は犯罪者なんですよ!!」
メル「!!?・・・。」
キリカ「そんなの関係ないよ!!このまま情報が明るみになったら、(世界を)行き来できないどころか、一緒にいられなくなるかもしれないんだよ!?ユーリ君、それでもいいの!?」
ユーリ「!!?・・・。」
ルカの情報が出て、私がもう一人の人間(クローン)じゃないとバレたら、やっとの思いで手に入れたユーリ君との生活も手放さなくちゃならないかもしれないんだ。そんなの、絶対に嫌だよ!・・・すると、肩を持つユーリ君の手が離れ、彼も横で土下座した。
ユーリ「お願いします。僕たちの幸せを取り上げないでください。」
メル「!!?・・・。」
神永さんは苦渋の選択をするように顔をしかめた後、表情を変えソファに戻った。
メル「盗聴の件は、深くお詫びします。外部にもらさないこともお約束します。」
ハルキ「!?・・・。なんで盗聴なんか・・・。」
メル「キリカとユーリ君が全く私のことを覚えてなかったので、AIじゃないかと疑ってて・・・。あっ!シュウは脳ゲーの開発にも携わってて・・・。」
キリカ「!!?・・・。」
私たちが異世界の人間だと気づいて盗聴していたわけじゃないんだ・・・。少しホッとした。
ハルキ「それで二人の疑いは晴れた?」
メル「・・・・・・・・。私には分かりません。シュウに聞かないと・・・。」
ハルキ「・・・・・・・・・。」
ハルキ「彼、AIだよね?」
メル「!!?・・・。いきなり何の話ですか?」
ハルキ「しらばっくれなくてもいいよ。君の動揺っぷりをみれば分かる。通報すると言われたら、普通、隠蔽するなり、詫びるなりしない?でも、君の反応は違った。『シュウを返して』・・・つまり、逮捕によって彼がAIだとバレるのが怖い。違う?」
メル「!!?・・・。」
的確な指摘に、神永さんはたじたじだった。おそらく御旗君はAIなんだろう。でも、どうしてそこまでしてAIにこだわるんだろう。AIじゃなくても本人で・・・。・・・・・・。そう思いかけた瞬間、身体がブルッと震えた。AIじゃなくてもいいは違う。私で言うなら、ユーリ君じゃなくてもう一人のユーリ君(バルユーリ)でもいいと言ってるようなもの・・・。事情は分からないけど、神永さんにとって『御旗君』と『御旗君のAI』は別人なんだよ!
キリカ「御旗君じゃなくて、御旗君のAIじゃなきゃダメな理由があるんですよね?」
メル「!!?・・・。何も言ってないですよね!?」
キリカ「私も一緒だから・・・。」
メル「えっ!?」
そう言って、ユーリ君の顔を見た。ユーリ君は小さく頷いて、私の手を握った。大好きな人と一緒の世界で暮らしたいと思うのは誰だって同じだよね?
メル「・・・ユーリ君もAIなの?」
ハルキ「今、『も』って言ったね?」
メル「!!?・・・。」
ハルキ「安心して。彼の素性をバラす気はさらさらないんだ。盗聴についても咎める気はない。」
メル「じゃあ、何を・・・。」
ハルキ「俺たちの秘密を守ってくれさえすれば、御旗君のAI問題を解決してあげてもいいんだけど。」
メル「!!?・・・。AI問題?」
私とユーリ君も同じように首を傾げた。
ハルキ「要するに、彼を人間にみせかけることもできるってこと。」
メル「!?・・・それ、本当ですか!?」
ハルキ「ああ。俺たちの技術を持ってすればね。」
メル「!!・・・。」
神永さんは晴れやかな表情を浮かべていたが、返事は慎重だった。
メル「私、頭悪いから難しいことよく分からなくて・・・。シュウと相談してからでも・・・。」
ハルキ「もちろん。」
AIを人間に見せかける技術・・・そんなことできるのかな?不思議に思いながらも、余計なことを言えばまた話がこじれてしまうと口をつぐんだ。